2026年4月19日日曜日

オーロラとレモン水

最近の私は、毎朝レモン水を飲んでいる。
レモンを半分に切って、果汁を絞り、水で割って飲むのである。


これは私の友人、チアキがもたらした習慣である。
私は先月、彼女とオーロラを観にスウェーデンに行った。
ストックホルムでも、アビスコでも、チアキは毎朝レモンを絞り、二人分の新鮮なレモン水を作った。

振って湧いたような旅行の計画だった。
もともとは中学の時の同級生が企画した欧州周遊旅行だったのだけれど、彼女が急遽行けなくなり、
「代わりに行ってくれない???」
という事になったのだった。
彼女と一緒にオーロラを観に行くことになっていたチアキ(これもまた中学の同級生)は、すでに飛行機や夜行列車のチケットを取ってしまっていた。
日程変更はできるがキャンセルはできないので、一人で行かなくてはならないが、一人でオーロラは気が重い、と訴えるのである。

オーロラに興味関心を持ったことはない。
何しろ東京生まれ東京育ち、夜空といえばネオンが身近な育ちである。
オーロラはもとより、星すら満足に見えない濁った空が私の夜空なのだ。
大自然の驚異に触れる千載一遇のチャンスだ、という気持ちより、まずは住宅ローンを返したい、そして有休を取りたくない、という小市民的な気持ちが勝った。
私の超ミニマムキャパシティーの心が、旅行なんてしている場合か、流されるなと釘を刺してきたのである。

がしかし、同級生二人は必死かつ強引だった。
「ホテル代は出します。」とオファーされ、「来てくれたらすごく助かるし嬉しい。」と滅多にないような言葉を頂き、私はほだされた。
これもまた人生が私のために特別に仕込んでくれた粋なはからいかと、そんな気もしてきて、気がついたらスカンジナビア航空のチケットを購入し、夜行列車のチケットを買い、オーロラ追跡アプリをスマホに仕込んでいた。

結果的に言えば、オーロラ旅行は私の縮こまった心を解き放った。
とにかく身体が移動すれば心も動く。
広々とした凍った湖の上に立ち、チアキと二人で何もない夜空を見上げていれば、そこには見たこともないような星空が広がっている。
深夜の湖の上では、チアキの声以外は聞こえず、人もほとんどいない。
ふざけて太極拳を始めたチアキを真似て太極拳をしているうちに、住宅ローンや私の代わりに仕事をしている同僚のことは脳裏から消えていった。

それから私はオランダに帰ってきて、ひと月が経つのである。
あの特別な時間の記憶はやはりだんだんと薄れてきて、思い出の整理もしない間に、新しい色々な雑事が入ってくる。
旅というのも不思議なもので、枠から飛び出して、また枠の中に帰ってくれば、突然起こった劇的な変化はまた劇的に元通りになり、何もなかったかのように日常に戻るのである。

とはいえ毎朝レモンを絞っていると、チアキ、どうしているかな、と思う。
何だか旅行のことを思い出して一人で笑っていたんだよ、とこの間言っていたっけ。

レモン水は私がオーロラ旅行から持ち帰った、旅の痕跡である。

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