ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』の後半部分のテーマは、
「自分が本当に望んでいるものは何か?」
というものだろう。
主人公のバスチアンは、
自分の望みが何でもかなう世界の中で、
むしろ望みを失って彷徨する。
「汝の欲することを為せ」と記されたメダルを握りしめて、
迷走に迷走を重ねるのである。
人は意外と自分の望んでいることがわからないものだ。
私の「家が欲しい」というごく即物的でシンプルな望みにしたって、
その「家」の中には小さなことから大きなことまで、
さまざまな望みがぎっしり詰まっている。
そしてその望みが選択肢という形で目の前に現れてくるまで、
自分にそういう望みがあるかどうかすらわからなかったりするのだ。
自分はアンティークの家がいいのか、新築がいいのか。
駅に近い方がいいのか、自然が多い方がいいのか。
ちょっと頑張ってもフルリノベーション済の家を買うべきか、
若干汚くてもローン負担の少ない家を買って、楽に暮らすべきか。
もっと言えば、賃貸の家で気楽に暮らすべきなんじゃないか。
色々な選択肢が目の前に現れて、
その度に私は、
「どうかな?」と考え込んでしまう。
望みは条件とのバランスで決まるから、
わりと色々なことが自動的に絞り込まれるけれど、
選べることだってかなりあって、それでも、
それを選ぶことが自分にとって良いのか悪いのか分からないことが多々ある。
準備が出来てなかったな。
契約破棄されたことに関して、私が思うことである。
何しろ初めて出したオファーがもう受け入れられたのである。
内見して四日後にはメールで契約書が送られてきていた。
家を買うのに皆がどれだけ苦労しているのか、という話をよく聞いていたから、
あまりの呆気なさに、私はZorokuに聞いた。
「・・・これは詐欺でしょうか?」。
彼は不動産屋を調べて言った。
「詐欺ではありません」。
やや仕事がだらしないというレビューがあるものの、
小さい物件ばかりを手がけるちゃんとした不動産屋だって。
それでも私の心の中には疑いが残った。
何か話がうますぎる。
どこかに落とし穴があるのかもしれない。
何かを見落としているのかもしれない。
何と言っても、この望みは私を三十年に渡ってローンに縛りつけるのである。
深夜に大きな猫柄のセーターを衝動買いするのとは訳が違う。
48歳獅子座女子 猫柄のセーターを買うの図(実話)。
私はZorokuと一緒に契約書を隅から隅まで読んで、
さまざまな懸念を新たに生み出した。
この物件は古くて、築年数に関する免責条項がある。
アスベストもあるかもしれない。
残置物の定義と評価が曖昧である。
VVE(管理組合)がまともに機能していないかもしれない。
融資の不成立による解除条項があるが、
三つの銀行から融資拒否の書類を受け取らないと解除できない。
既定の期日までに書類が用意できないと、
物件価格の10%を支払わないといけない・・・。
私は怖くなって、片っ端から不動産屋相手に確認した。
もう一度物件を見せてもらい、
すると最初の内見では目に入らなかった様々なマイナス要因も見えてくる。
そのマイナス要因がキッチンやトイレなど水回りであった場合、
リノベーションの費用はバカにならない。
劣化や汚れ、不備は、目を向ける度に増えていく。
そこにいちいち反応していった結果の破談である。
不思議な事だが、完全に話がダメになったと分かった時、私はほっとした。
ああ、この自分にはよくわからない金食い虫から解放される、という気持ちだった。
そこから、また色々な物件を見て回る生活を再開し、
オファーをしては断られ、
物件を見ては高すぎる、
物件を見てはこんな家いらないと思う毎日の中で、
私はいまだに、もう少しで手に入りそうだったあの物件の事を考えている。
一周まわって、やっぱり良い場所だったなと思う。
せっかくの幸運をダメにしたのかもしれない。
古くてオンボロだったけれど、
女の人が隅々まで自分の気に入るように仕立てていった痕跡のある部屋だった。
思えばあの時の不動産屋には、申し訳ない事をした。
内見の時の私を見て、彼は私を信用してくれたのだと思うけれど、
私にはその幸運があまりよく分かっていなかった。
私の側からは常に詐欺師の疑いをかけていた。
落ちぶれた詐欺師の役をしている時のケビン・コスナーみたいな風貌だったからだ。
いや、それだけが理由じゃないけど。
会った事はなかったけれど、あの不動産屋の後ろには、
ちょうど私と同じような境遇の売り手の女の人がいた。
私が家を買えるのか不安でたまらなかったように、
彼女もまた家が売れるのか不安だっただろうと思う。
そういう事も、あの時の私にはまだわかっていなかった。
不動産屋の向こうには、
唯一無二の資産を売ろうとしている「人間」がいるのだってことが。
でも仕方ないね。
経験してみるまで見えない事ってあるのだ。
とても良い勉強だったと思う。
若いうちの失敗は買ってでもしておけって言うけど、
まあ私は別に若くないから買ってまでするようなことでもないけど、
でも自分の本当の望みを炙り出していくような、
良い失敗だったことは確かだ。
この反省を踏まえたことで、
私とZorokuのチームは更に完璧に近くなった。
理想の住居が市場に現れた瞬間に、今度は確実に手に入れるのかもしれない。
そうだといいなあと思う。
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